
はじめに
これから6回にわたり、かつて大手スーパーマーケットで販売課長としてカスハラ客と対峙した経験のある当事務所の代表が、社労士と日商1級販売士の専門的知見、人事部長として組織の人事管理に携わった経験をもとに、スーパーにおけるカスハラ対策を提案します。
昨今はカスハラが社会問題化しており、特にパート・アルバイト比率の高いスーパーでは、立場の弱い非正規雇用者を狙ったカスハラにより貴重な人材の離職を招いたり、風評被害によって人材採用が困難となったりして、看過できない経営上のリスクとなっています。
カスタマーハラスメントとは何か?
カスハラの定義
厚労省「業種別カスタマーハラスメント対策 企業マニュアル スーパーマーケット業編」は、カスハラを「顧客等からのクレーム・言動のうち、要求内容の妥当性に照らして、実現手段・態様が社会通念上不相当なものであり、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています。
注目すべきは、顧客等には買い物前の潜在客も含まれること、また理不尽な要求や威圧的な態度のみならず、これらによって職場環境を悪化させる行為もカスハラに該当するということです。
カスハラの類型
同マニュアルでは、カスハラの類型を主に次の3つとし、それぞれ具体的な事例やカスハラに該当するかどうかの判断基準なども明記されています。
1. クレームの内容が妥当性を欠く場合
- 提供する商品やサービスに瑕疵や過失が認められない
- クレーム内容と提供する商品やサービスが関係ない
2. クレームの要求が不相当な場合
- 過大な商品交換の要求
- 金銭補償の要求
- 過大な謝罪の要求
3. クレームの手段や言い方が不相当な場合
- 身体的な攻撃(暴力、傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、侮辱、暴言)
- 威圧的な言動や土下座の要求
- 拘束的な行動(不退去、長時間にわたるクレーム)
- 従業員個人への攻撃、ストーカー行為
- SNSによる誹謗中傷拡散


カスハラを放置するデメリット
スーパーマーケットがカスハラを放置すると、人事管理上のデメリットと商売上のデメリットという、二つの重大なリスクが発生します。
人事管理上のデメリット
1. 安全配慮義務違反のリスク
労働契約法第5条により、使用者は労働者が安全かつ衛生的に働ける環境を整備する法的義務を負っています。カスハラを放置することで、安全配慮義務違反に問われ、民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。
2. 労災事故の多発と保険料増加
令和5年9月1日に改正された精神障害の認定基準では、カスハラが心理的負荷評価表に明記され、労災認定されやすくなりました。
なお従業員100名以上のスーパーマーケットではメリット制が適用され、労災が多発すると労災保険料率が最大40%増加します。例えば従業員が100人で平均年収が361万円の店舗では、年間約35万円もの労災保険料の増加となる計算です。
3. カスハラ防止措置義務違反
令和8年10月1日から施行される改正労働施策総合推進法により、カスハラ防止措置が義務化されます。違反した場合、厚生労働大臣による勧告が行われ、勧告に従わない場合は企業名が公表されるため、採用活動や企業イメージに深刻な影響を与えます。
商売上のデメリット
1. 負のスパイラルによる現場の疲弊
カスハラによる離職者や休職者の増加は、残ったスタッフの業務負担と精神的ストレスを増大させ、商品管理や接遇応対の質を低下させます。これが新たなカスハラを誘発し、さらなる離職につながる悪循環を生み出します。
2. パート・アルバイトの離職と採用困難
スーパーマーケットはパート・アルバイト比率が高いですが、これら非正規雇用者の多くは地域の生活者であり、自社の顧客にもなりうる存在です。カスハラを放置すれば風評被害により、優秀な人材の確保がますます困難になります(最悪の場合は客離れが起こることも)。
3. 収益性とカスハラのジレンマ
利益率の高い生鮮部門や惣菜部門の強化を図るスーパーが増えていますが、これらの分野は高度な商品知識と技術が要求されます。カスハラにより人材が定着しなければ、熟練者が育たずクレームが増加し、かえってカスハラを誘発するという矛盾に陥ります。
カスハラ対策における重要な視点
企業全体での取り組みの重要性
スーパーマーケットのカスハラ対策は、個々の店舗に丸投げするのではなく、カスタマーサービス部や運営部、商品部、管理部など部門横断的な協力が不可欠です。
また年配の経営者や管理職にありがちな「カスハラは販売員のスキル不足が原因」という古い考えを改め、経営幹部が一丸となって組織的に取り組む体制の構築が必要です。
スーパーマーケット業の再確認
1. 顧客第一主義とカスハラ容認は別問題
お客様第一主義がカスハラを助長しているという意見もあるようですが、真の顧客第一主義とは、自社にふさわしい顧客に対して適切なサービスを提供することです。従業員を傷つけ、事業活動に悪影響を及ぼす行為者を「顧客」として扱うこと自体が間違いなのです。
2. エッセンシャルワークとしての責任
令和7年4月1日に北海道でカスハラ防止条例が施行されました。スーパーマーケット業は地域住民の日常生活を支えるエッセンシャルワークであり、労働力不足が顕在化している昨今、カスハラにより貴重な人材を失うことは、地域社会の損失であるという考え方です。
現状と今後の展望
カスハラ放置は百害あって一利なし
厚生労働省の実態把握調査によると、過去3年間にカスハラの相談があった企業は76.2%、そのうち94.8%で実際にカスハラ事例が発生しています。
さらに深刻なのは、「件数が増加している」と回答した企業が42.9%に上る一方で、「しっかり対応できている」と答えた企業はわずか5.9%という現実です。
58.4%の企業が「統一ルールを設けず各現場で個別対応」しており、17.8%の事案で解決まで1週間以上を要している状況は、組織的な対策の必要性を如実に示しています。
まとめ
企業でカスハラ対策に取り組む意義とは?
人件費や仕入れ価格、光熱費の高騰により、スーパーマーケットはこれまで以上に厳しいコストコントロールが求められています。労働集約型産業かつ対面販売をメインとするスーパーマーケットでは、人材の質が営業活動の生命線となります。
人材の質向上には長期的な育成が必須ですが、せっかく育てた人材をカスハラで失っていては本末転倒です。カスハラは今後も継続して発生することが予想されるため、トラブルが起きた際に適切に対処できる体制の構築が急務となっています。
カスハラ対策は人事のプロにご相談ください
企業がカスハラ対策を怠り、明確な姿勢を示さなければ、人手不足が進む環境において労働者から選ばれない企業となり、新規採用の減少や既存従業員の離職率増加を招きます。結果として事業存続すら危ぶまれる事態に陥る可能性があります。
一方で、適切なカスハラ対策を実施することにより、従業員に安心感を与え、満足度を向上させることができます。これは従業員のみならず、店舗を利用する他の顧客の安心感にもつながり、すべての関係者にとってプラスの効果をもたらします。
外部の専門家を活用しながら、できるだけ早期に全社的なカスハラ対策に取り組むことが、持続可能な事業運営の基盤となるのです。
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