はじめに
道内事業者のためのカスハラ対策の最終回は、北海道が公表した道内で発生したカスハラ行為および当社代表の山口(開業前に小売業、建設業、医療業で勤務)が実際に遭遇したカスハラ対応ケース等をもとに、ケースメソッド形式で対応方法などを解説します。
事例1:医療業編(その1)
処方薬への執拗な不当要求と居座り・低評価レビュー投稿
来院した患者が、診察した医師の判断に従わず、また繰り返しの説明にも納得せずに、特定の薬剤(抗生剤等)の処方を執拗に要求した。拒否されると診療室や待合室に居座り、事務スタッフに暴言を吐いたほか、Googleレビューに嫌がらせの低評価コメントを投稿した。
医師法第19条の応召義務を持ち出されると拒否しずらい
医師の場合、医師法第19条の「応召義務」を理由に、毅然とした対応(診療拒否)を躊躇しがちになり、対応時間や精神的負荷が他の患者の診療業務を圧迫します。また事実無根のWebサイトの口コミは、地域における集患や医療職の採用にデメリットをもたらします。
正当な診療拒否と他の患者のために毅然と退去通告する
- 診療拒否の基準明確化と診療契約の明示:医療サービスは診療契約(治療を達成するための相互協力関係)を前提としますが、カスハラ行為により信頼関係が破綻し、業務妨害に及ぶ場合は「診療拒否」の正当な事由に該当します。自院のカスハラ研修で医療スタッフに周知したり、院内掲示や問診票で「暴力・暴言・不当要求があった場合は診療をお断りする」旨を事前に明示しておくことも有効です。
- 複数対応と退去通告:一次対応者(医師や看護師)が1人で抱え込まず、医事課長や事務長等の事務部門が即座に交代して複数名で組織的に対応します。暴言や威圧的な言動が見られる場合は、応接室等の別室へ誘導して他の患者(体調が悪い人がほとんど)に迷惑が及ばないよう配慮しつつ、院長名に基づく退去命令に従わない場合は、速やかに警察(不退去罪・業務妨害罪)へ通報します。
- 誹謗中傷の削除請求・ガイドライン策定:Googleレビュー等の不当な投稿に対しては、ガイドライン違反として運営元へ削除申請を行い、必要に応じて弁護士を通じて発信者情報開示請求等の法的措置を講じてください。
事例2:医療業編(その2)
診療内容への不満による昼夜を問わない架電・暴言と怒鳴り込み
自身の診療内容に不満を抱いた患者とその家族が、昼夜を問わず常習的に医療機関へ電話をかけ、暴言・叱責を繰り返した。さらにカスハラ行為がエスカレートし、病院受付へ怒鳴り込んできて事務室のドアを蹴ったため、警察および弁護士が介入する事態となった。
当直のカスハラ対応は医療スタッフや事務スタッフを疲弊させる
人員配置が手薄な夜間帯のカスハラ電話への対応は、当直スタッフを疲弊させ、夜間救急受入の障害にもなり得ます。またカスハラ行為者が特定の医療スタッフをターゲットにした場合、有能なスタッフの離職あるいはメンタル不調の直接的な原因となります。
執拗な架電で不当な要求を繰り返すことはもはや犯罪行為である
- 電話録音装置の導入と対応ルールの徹底:「患者サービスの向上などを目的として、通話内容を録音します。」等の自動アナウンス機能を導入し、電話着信時に事前告知を行います。1回の通話時間をあらかじめ設定(例:15分〜30分)し、時間を過ぎた場合「当院としては充分ご説明申し上げました。これ以上お話することはありませんので、これにて失礼します。」と伝え、毅然と電話を切ります。
- 窓口ラインの防衛と法的連携:患者あるいはその家族が自院に怒鳴り込んで来た場合は、(待合室の他の患者を指し示し)「具合の悪い方が沢山いらっしゃいますので、応接室でご要件を伺います。」と諭して、防犯カメラが設置されている別室へ誘導しつつ、医事課長や事務長に即座にエスカレーションします。暴力や器物破損の際は躊躇なく110番通報し、弁護士を通じて出入禁止を通告して下さい。
事例3:小売業編(その1):
店舗での因縁・長時間の罵詈雑言と女性従業員へのつきまとい
来店客が商品や接客対応に言いがかりをつけ、店内で大声をあげて店員を長時間にわたって罵倒し、拘束した。さらに、女性従業員に対して電話番号等の個人情報を要求したり、手を握る・体を触るなどの身体的接触やつきまとい行為(セクハラ)に及んだ。
権限と責任の乏しいパート従業員への対応丸投げはリスク大!
小売業はパート従業員やアルバイトなど非正規雇用率が高い業界ですが、権限や責任の乏しいパート従業員に対応を丸投げすると二次災害に発展しやすいです。会社側がパート従業員に対するパワハラ(過剰な要求)や安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。
速やかに店長や販売課長が引き継ぎ会社の問題として対処する
- 「15分・複数人ルール」とコードネーム館内放送の運用:初期対応者が1人で抱え込まず、一定時間(目安15分)が経過するか、暴言・セクハラが発生した段階で即座に店舗責任者(販売課長等)へ交代します。レジや売場で異常が発生した際、隠語を用いた館内放送で周りのスタッフや管理職を集める体制を整備します。
- 「警告カード」の活用と毅然とした退去要求:会社公式の対応ポリシーが記載された「カスハラお断り警告カード」を手渡し、専門部署(本部のカスタマーサポート部や総務部等)へ引き継ぐ旨を通知します。カードの破壊や退去拒否があった場合は即座に警察へ通報して下さい。
- ネームプレートの表記見直し:従業員個人の特定やストーカー被害を防ぐため、名札のフルネーム表記をイニシャル表記等に変更します。カスハラ客が多い業態や立地の店舗では、ネームプレートの下に「STOPカスハラ!」等を表記した札を吊り下げるのも一考の価値アリです。
事例4:小売業編(その2)
インバウンド客の買い物ルール違反に対する注意に集団で激昂
外国人観光客が電子レンジで生肉を調理したり、店内の休憩ベンチで食事を始める、会計前のジュースを飲む、陳列している惣菜やパンなどを試食するなどの行為に及んだため従業員が注意したところ、激昂して大声を出し、集団で詰め寄って抗議してきた。
言語や文化の違いによるトラブル・人種差別を持ち出す確信犯
インバウンド客は言語や文化の違い(言葉が通じないこと)からトラブルが複雑化・泥沼化しやすく、店内の他の顧客への迷惑(店内秩序の混乱)が生じます。最近ではルール違反を注意すると「人種差別された!」と訴える意図的かつ悪質な事例も散見されます。
郷に入っては郷に従え(日本社会のルールとマナーを遵守せよ)
- ピクトグラム・多言語啓発ポスターの掲出:行政や業界団体が作成している「多言語版カスハラ防止ポスター」や注意書き(電子レンジ使用ルール、会計前商品の開封禁止等)を店内の見えやすい場所に掲示します。最近は生成AIによって外国語の注意書きや音声案内を簡単に作成できますので、これを積極的に活用しない手はありません。特にルール違反が起きやすい場所に外国語の注意書き等を設置すると効果的です。
- 多言語翻訳ツールの導入と組織対応:多言語通訳アプリ等を活用してルールを冷静かつ明確に説明し、1人で対応せず防犯カメラの設置場所前で店舗責任者や警備会社等を含めた複数人で毅然と対応して下さい。また社内でTOEICテストの受験を奨励・支援することも有効です。TOEICはビジネスシーンに特化した英語学習ができること、また年10回程度実施されるため、定休日の少ない小売業と相性が良いです。
- 人種差別と日本の法令やマナーの遵守を求めることは全く別の問題:未会計の商品を無断で開封し消費することは窃盗罪、また指定場所以外の飲食によって店内環境が悪化したり、飲酒して騒乱した場合は威力業務妨害罪になります。日本社会の民度の高さは世界に誇るべき我が国の財産です。日本の法律に従わず、日本のマナーを尊重できない来店者は顧客とみなさないことを、ハッキリ伝えるべきです。
事例5:建設業編
優位性を背景とした理不尽な工事やり直し要求と執拗な呼び出し
工事開始後に、発注者が些細なことで現場代理人を呼びつけて執拗なクレームを繰り返し、理不尽な工事のやり直し要求や、深夜・休日に個人の携帯電話へ直接連絡して恫喝を繰り返した。その現場代理人は精神的苦痛からメンタル不調をきたして長期休職となった。
大規模工事ほど現場代理人が受ける精神的プレッシャーは大きい
BtoB取引や発注者・受注者の関係性から「今後の受注に響く」という心理的圧迫が働き、会社として組織的に介入できず、現場代理人に過度な負担が集中してメンタルヘルス不調(労災リスク)を引き起こします。特に現場代理人は発注者と協力事業者の双方向からのプレッシャーを受け続けるため、メンタル不調に陥る事例は少なくありません。
工事契約の段階で管理部門(法務等)も関与し組織的に対応する
- 契約書へのハラスメント防止条項・解約条項の追加:発注契約書や約款に「カスハラ防止に関する特約事項(著しい迷惑行為・恫喝・不当要求があった場合の契約解除規定)」をあらかじめ盛り込んでおきます。
- 個人携帯対応の禁止と連絡窓口の組織化:個人の携帯電話番号によるやり取りを原則禁止し、営業時間内の固定電話または専用問い合わせメールアドレスに一本化します。また夜間連絡は自動応答メッセージで対応をシャットアウトして下さい。
- 会社・組織名義による正式な文書抗議:現場担当者だけに交渉させず、経営陣・上長名義で正式な申し入れ書面を発出し、必要に応じて会社法務や顧問弁護士から相手方法人の役員宛てに警告文を送付・通知します。
総括:カスハラ対策フレームワーク
これまで厚生労働省のカスハラ対策ガイドラインや北海道カスハラ防止条例などをもとに、スーパーマーケット事業者を中心としたカスハラ防止措置およびカスハラ対策のポイントについて、スーパーマーケット編(全6記事)と道内事業者編(全3記事)で解説してきました。
最後に、北海道カスタマーハラスメント防止条例(令和7年4月施行)および改正労働施策総合推進法(令和8年10月施行の事業者義務化)を踏まえた事業者が講じるべき対策の基本フレームワークをご紹介して、一連のカスハラ対策シリーズを締め括りたいと思います。
カスハラ対策のための3つのステップ
- 1.方針とルールづくり:カスハラに対する姿勢と対応方針を明確にする
経営トップによる基本方針(ポリシー)の策定・公表と、カスハラの明確な判断基準を定義します。厚労省のガイドラインや北海道のカスハラ対策指針等を参考に、自社(自院)に即した対応マニュアルを作成します。 - 2.組織体制づくり:方針とルールを効果的に実施できる仕組みを構築する
相談窓口の設置や、複数人で組織的に対応するフローを構築します。本部(本院)と店舗(サテライトクリニック等)が緊密に連携し、被害従業員の安全確保やメンタルケアを行う体制も整備します。 - 3.人材の育成:方針とルールを組織体制の中で適正に運用できる人づくり
- 管理職:安全配慮義務等の法的知識と、カスハラの客観的判定・社内の関係部署や外部の専門家や警察・司法機関との連携力を習得
- 一般:初期対応(カスハラ行為者に対する適切な接遇と上長への迅速な報連相等)の基本動作をロールプレイングで反復訓練。
中小事業者は社労士等の専門家活用を
マンパワーや知見が乏しい中小事業者ほど、対策の遅れは致命的な人材離職を招きます。実効性あるマニュアル策定や研修、就業規則改定等は、社労士などの外部専門家へ早期に相談するのが最も近道ではないでしょうか。
いわば専門家に外注して「お金で時間を買う」発想ですが、道内の中小事業者(医療法人を除く)の場合、北海道中小企業総合支援センターの「専門家派遣事業」等の公的支援を活用することも可能ですのでぜひご検討下さい。


