はじめに
本記事では、2026年10月からのカスハラ防止措置の義務化(改正労働施策総合推進法施行)に向け、北海道の事業者が、自社(自院)の従業員が安心して働ける体制づくりを推進するための参考に、北海道カスタマーハラスメント特設サイトの統計データをもとに北海道におけるカスハラの発生状況や事業者の対応状況について分析します。
北海道におけるカスハラの発生状況
圏域別カスハラ発生状況

現在の北海道の人口はおよそ500万人であり、圏域別人口は道央圏310万人、道南圏40万人、道北圏60万人、オホーツク圏25万人、十勝圏35万人、釧路根室圏30万人となっています。
最も人口の多い道央圏のカスハラ発生率が最多となるのは概ね予想どおりですが、注目すべきは人口規模に関わらず、どの圏域でもカスハラ発生率が25%以上となっていることです。
つまり都市部かどうかに関係なくカスハラ対策は必須であり、自治体や地域の経済団体あるいは士業団体各支部等による、地域の事業者や生活者に対する啓発・教育が求められます。
規模別カスハラ発生状況

301名以上の事業者におけるカスハラ発生率は57.2%と突出しており、次いで101名以上~300名以下の中規模の事業者が39.5%で続きます。規模が大きい事業者ほど顧客や消費者との接点が増えるため、カスハラ発生率も増加すると考えられます。
また当社代表が大手スーパーの販売課長だった頃に実際に経験したのですが、「天下の◯◯◯がそんな態度でいいのか?」「儲かってんだから融通してよ」「このことを本部に通報してやる」などと、大企業であるが故のカスハラも少なくありませんでした。
特にチェーン展開している事業者の場合、現場の担当者に対して「お前の名前を本部(本社)に通報してやる(=懲戒処分になるぞ)」といった脅しが多いため、カスハラ対応を現場の担当者任せにせず、組織全体の事案として対処する必要があります。
産業別カスハラ発生状況

産業別では「不動産・賃貸業」「金融・保険業」「生活関連(理美容業やクリーニング業など)・娯楽業」「医業・福祉業」など、不特定多数の顧客や消費者との接点が多い業種についてカスハラ行為が多発する傾向があるようです。
特に高額な取引の発生する不動産業や厳格な審査を要する金融業、あるいは高度な専門性が求められる医療業においては、供給側(売り手)と需要側(買い手)との間に情報の非対称性が生じやすく、意思疎通のズレがカスハラ行為に発展しやすいと言われています。
したがってこれらの業種におけるカスハラ対策は、いかに情報の非対称性を解消するかがポイントですので、事前にサービスの内容や利用上のルール、料金などをきちんと明示し、法外な要求に対する対応方針(拒否・通報等)を予め決めておく必要があります。
事業規模別・産業別割合

このグラフは先ほどご紹介した事業規模別、産業別のカスハラ発生状況をひとつにまとめて再掲したものです。「金融・保険業」のカスハラ発生率が大企業と小規模事業者に偏っていますが、前者は銀行や信用金庫、後者は保険代理店でカスハラ行為が多発していると思われます。
「生活関連・娯楽業」では小規模事業者にカスハラ行為が集中的に発生しているのが顕著です。生活関連業の代表的業種は理髪店や美容室、クリーニング店、リラクゼーションサービス(整骨院)等であり、これら事業者は個人開業が圧倒的に大多数を占めています。
小規模事業者に共通するのは、カスハラ対策を構築するためのマンパワーや専門的知見などのリソースが不足しているため、悪質なカスハラ行為によって事業の継続が困難になるほどのダメージを受けやすい点です。社労士などの外部専門家への早期相談を推奨します。
北海道におけるカスハラ行為の傾向
道内で発生したカスハラ行為の内訳

こちらは令和7年度に北海道が公表した道内で発生したカスハラ行為のランキングです。「暴言」「説教・威嚇・脅し」「継続的、執拗な言動」などといった「言葉による暴力」が上位3位を占めています。感情的になった顧客や消費者にとって、その場で行動に移しやすい攻撃手段が選ばれる傾向が強いと思われます。
このような言葉の暴力の背景には「お客様は神様です」といった誤った価値観があることは間違いありません。一方で厚生労働省によると、カスハラ行為の7割が正当なクレームに対する事業者側の対応の拙さが、顧客や消費者の感情をエスカレートさせ、カスハラ行為に発展させてしまったという調査データもあります。
ただしカスハラ行為の原因がなんであれ、法治国家たる我が国では実力行使による問題解決は認められません(自力救済の禁止)。したがって店頭などでカスハラ行為が発生した時、事業者は店内や事務所内に掲示しているカスハラ防止ポスターを指し示し、毅然とした態度で不法行為を拒絶しなければなりません。
客層別のカスハラ行為者の主な属性

北海道において発生したカスハラ行為の大部分が男性(57.5%)であり、女性(22.2%)を大きく上回っています。また年代別では中高年者(48.2%)と高齢者(39.8%)が多いようです。なお本記事では掲載していませんが、男性によるカスハラ行為については、若年層を含めた全ての年代において7割近くに達するのが特徴です。
男性の高齢者や中高年者の場合、自らの社会的地位や知識・プライド等を背景に過度な要求を通そうとするケースが見られ、また若年層では「お客様は神様=店員に何をしても許される」などといった甘えた認識から、例えばコンビニで会計する際に代金を放り投げるといった具合に、あまりにも安直にカスハラ行為に及ぶようです。
これらの人達に対する対策は「自社(自院)の顧客は誰か?」ということを明確にすることです。多くの事業者は限りあるヒト・モノ・カネといったリソースを顧客に集中して利益を上げるためにマーケティングやマネジメントを行いますが、貴重なリソースを損耗するカスハラ行為者は顧客ではないことを社内外に宣言すべきです。
道内事業者のカスハラ対策等の状況
規模別基本方針策定状況

ここからはカスハラ対策の実施状況についてご紹介します。まず基本方針の策定状況ですが、基本方針とはカスハラポリシーともいい、自社(自院)にとってどのような行為をカスハラといい、その行為に対してどのような態度で臨むのか、ということを世間一般に知らしめるものだとお考え下さい。
基本方針の策定状況については、事業規模の差がそのまま反映されているようです。従業員数301人超の事業者では、「策定済」と「検討中」が85%近くに達しているのに対し、1~5名の小規模事業者では25%をわずかに超える程度です。また中小事業者も50%に満たないのは由々しき問題ではないでしょうか。
基本方針が不明瞭なまま、やみくもにカスハラ対応マニュアルを作ったり、従業員に対するカスハラ研修を実施したところで、現場での対応に矛盾や齟齬が生じやすくなり、カスハラ行為者にそこを付け込まれることで、従業員の離職や風評被害などの二次災害に発展してしまうリスクがあります。
産業別基本方針策定状況

事業規模による対応状況の差異は前述のとおりですが、産業別では比較的カスハラ被害が多いとされる「金融・保険業」「不動産・賃貸業」「生活関連・娯楽業」において基本方針を「策定済」あるいは「検討中」と回答した事業者が75%を超えているのに対し、同様にカスハラ被害の多い「医療・福祉業」は50%にも満たない厳しい状況です。
医療業は、患者の生命や健康に直結するサービスであり、医学的専門性がサービスの基盤となることから、医療機関と患者およびその家族との間に情報の非対称性が生じやすいです。また医療機関の多くが個人開業医(小規模事業者)であることもあって、持続的な地域医療サービス提供のためには、早急な基本方針の策定が強く求められます。
なお、当社代表の山口は、長年人事部で実務に携わった後に社会保険労務士として開業しましたが、それ以前には大手スーパーマーケットの販売課長として、また外来専門クリニックの医事課長として、様々なカスハラ(ペイハラ)行為に対処した経験があります。特に医療業における悪質なカスハラは、診療行為の重大な支障となるため要注意です。
規模別マニュアル等整備状況

このグラフは道内事業者の、事業規模別カスハラ対応マニュアルの整備状況です。ここでもカスハラ基本方針(事業規模別)同様に、カスハラ対応マニュアルの整備状況が事業規模の大きさに比例していることが判ります。この理由として、事業規模が大きいほど、マニュアルや規程を整備する資金やマンパワーに余裕があるからだと考えられます。
かつて当社代表の山口が大手スーパーマーケットチェーンで働いていたときは、就業規則等の人事規程のほか、職種別・階層別の業務マニュアルや人材育成プログラムが体系的かつ網羅的に整備されていて驚かされたものです。道内の多くの地場スーパーでの人材育成が、配属先の上長や先輩のOJTに依存していることに比べて極めて対照的でした。
カスハラ行為者への対応の肝は、全社的に一貫した対応をとることです。マニュアルが整備されていないことで、従業員によって対応が異なるといったエラーが発生しがちですが、カスハラ行為者はその矛盾を鋭くかつ執拗に突いてきます。カスハラ行為者のプレッシャーに耐えきれず、その場しのぎでいい加減な約束をしてしまうと事態は収拾不能に陥ります。
産業別マニュアル等整備状況

続いて産業別のカスハラ対応マニュアルの整備状況です。整備済あるいは検討中と回答した事業者のうち、「生活関連・娯楽業」が突出して高い割合を示しており、同様にカスハラ被害が多いとされる「金融・保険業」「不動産・賃貸業」が続きます。ちなみに「生活関連・娯楽業」についで割合の高い「複合サービス業」とは、主に郵便事業や協同組合などです。
小売業や医療業の経験者たる当社代表にとって、「卸売・小売業」と「医療・福祉業」におけるカスハラ対応マニュアルの整備状況の遅れが大いに気になるところです。これらの業種は典型的な労働集約型産業かつ対面サービス業であり、人材難の昨今の社会情勢に鑑みて、貴重な人材をカスハラ被害から守るためのマニュアル整備は、喫緊の経営課題のはずです。
特に医療業においては、臨床行為の大部分を国家資格者が担っており、人員にほとんど余裕の無い個人開業のクリニック等においては、カスハラ被害によって有能な医療スタッフあるいは医事スタッフを失うことは、自院の経営を直撃します。人員不足による医療の質低下や診療報酬の算定ミスにより、患者離れや行政当局の立ち入り調査などを招く恐れがあります。
規模別研修実施状況

道内事業者のカスハラ研修の状況は芳しくありません。従業員数301名以上の事業者ですら不定期開催を含めても実施率が50%に届いておらず、100名以下の事業者にいたっては20%にすら満たないという惨状ですが、基本動作のトレーニングなくして有効なカスハラ対策は成し得ません。またカスハラ対策は事業主の安全配慮義務であることも忘れてはなりません。
注意すべきは研修を外部講師に委託する場合です。長年ユーザー(人事部)側で多くの人材サービスを利用してきた当社メンバーの認識としては、人材サービス事業者については質があまりにも玉石混交であるということです。質の悪い事業者(講師)の多くは、実力よりも業界や地域のコネで紹介されるケースが多いですが、経費対効果が全く見合っていません。
よくある失敗ケースは法令を棒読みするだけの士業の先生、あるいは自身の主観に偏った感情論(相手も人間、話せばわかる…等々)に終始する講師ですが、このような研修は「百害あって一利なし」です。本物のプロであれば、法令や行政ガイドラインをベースに受託先の業種や業態、事業規模に応じてカスタマイズした具体的で実践的な研修を提案するはずです。
「カスハラする側にも事情がある」「だから話せばわかる」などと講釈を垂れる講師は実際に存在しますが、あまりにもカスハラ問題に対する基礎的理解を欠く暴論と言わざるを得ません。悪質なカスハラの動機は悪意か極端な偏見であり、これを接遇応対で解決するのはほぼ不可能です。正当なクレームと不法行為は根本的に違うことを事業者は認識すべきです。
北海道のカスハラ防止施策の認知度
北海道カスハラ防止条例の認知状況

残念ながら令和7年(2025年)4月1日に全国の自治体に先駆けて施行された「北海道カスタマーハラスメント防止条例」の認知度は、「知らなかった」が48.0%と約半数を占めています。認知している層も「概ね知っている」(24.5%)、「聞いたことはある」(21.6%)が多く、「よく知っている」はわずか5.9%に留まっています。
道民のひとりとして残念な限りですが、事業者はこの事実を踏まえたうえで、自社(自院)が率先して、自社(自院)カスハラ行為に対する基本方針を策定し、次いでカスハラ対応マニュアルを整備し、さらにカスハラ発生時の社内外との連絡・連携対策を構築し、従業員に対してカスハラ研修(基本動作のトレーニング)を実施しなければなりません。
なお、道民のカスハラ防止条例の認知度が低いということは、自社(自院)の職員もカスハラ防止条例を知らない可能性が高いと思われます。特に対人サービス業では、古くからカスハラを従業員のスキルの問題として捉え、「クレームを乗り越えてこそ一人前」などと考える古参の幹部や職員が少なくありませんので、職場内の意識改革も必要でしょう。
北海道カスハラ防止対策特設サイトの活用状況

カスハラは個々の従業員の接遇スキルや営業スキルの問題ではありません。また商品やサービスに対する要望を含めた正当なクレームとカスハラ行為とは、根本的に別次元の問題です。仮に正当なクレームであっても、伝え方が不適切であればカスハラ行為(不法行為)です。事業者は両者を明確に切り分けた上で、カスハラ対策を推進してゆかねばなりません。
そこで厚生労働省や北海道の「カスタマーハラスメント防止対策特設サイト」を大いに活用すべきですが、サイトの存在を「知らなかった」が57.7%と半数を超え、「活用(資料確認)している」は7.8%にとどまっています。特設サイトには、マニュアル作成の手引きやチェックシート、周知用ポスターなど、事業者がすぐに使える有用なツールが豊富に揃っています。
自社でいちから対策ツールを作成するのは負担が大きいため、行政が提供するこれらの特設サイトやガイドラインを積極的に活用し、また外部専門家のサポートなども利用しつつ、効率的かつ実効性のあるカスハラ対策の体制を構築することが賢明ではないでしょうか。
まとめ
広大な北海道において、道民の快適な日常生活を支えるエッセンシャルワーカー(日常生活を維持するために必要不可欠な事業に従事する労働者)の存在は極めて大きいことについては論を待ちませんが、カスハラ行為のターゲットになりやすいのがまさにエッセンシャルワーカーであることが、本記事で紹介した統計データで明らかになりました。
また大手事業者はカスハラ被害が多いがゆえに、また社内のマンパワーに余裕があるがゆえに、カスハラ対策が進んでいますが、中小以下の事業者においては、カスハラ対策の進捗が良くありません。しかし道内の事業者のうち実に99.8%が中小事業者です。ゆえにカスハラ行為の矛先が大手から中小に移行した時の影響が大いに懸念されるところです。


